福岡地方裁判所 昭和36年(行)17号 判決 1963年8月29日
原告 波多野武夫
被告 小倉郵便局長
訴訟代理人 樋口哲夫 外二名
主文
本件訴を却下する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は「被告が昭和三六年三月一七日原告に対してなした、郵便切手類および印紙売さばきに関する業務の委託を取消す、旨の処分を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告指定代理人は本案前の申立として「本件訴を却下する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、本案に対する答弁として「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。
原告訴訟代理人は請求の原因として、
原告は昭和二九年一一月九日、被告から郵便切手類および印紙売さばき(以下単に売さばきという)に関する業務の委託をうけ、同月一五日北九州市小倉区黄金町一丁目七八七番地に売さばき所を設けて爾来その業務に従事している。
ところが被告は原告に対して昭和三六年三月一七日、右委託を解除する旨通告して原告の売きばき人たる地位を無視する態度を示しているので、右違法な処分の取消しを求めるため本訴に及んだ。
と述べ、
被告指定代理人は、
第一、本案前の抗弁として、本訴は被告の原告に対する昭和三六年三月一七日付売さばきに関する業務の委託契約解除を行政処分であると主張して、その取消を求めるものであるが、被告の右契約解除行為は、いわゆる行政処分ではないからその取消を求める本訴は不適法として却下されるべきである。
第二、請求原因に対する答弁として、請求原因事実はすべて認める。
第三、抗弁として、
一、原告は昭和三〇年一一月頃、原告の前示売さばきに関する業務を訴外藤原群三に委託し、爾後同人をしてこれを行わせていた。
二、そこで被告は、原告が被告の委託にかかる売さばき業務を更に他人に委託したことを理由として、昭和三六年三月一七日原告に対する売さばき委託契約を解除する旨の意思表示をし、右はその頃原告に到達した。
三、それ故原告は売さばき人の地位を喪失したものである。
と述べた。
原告訴訟代理人は、
第一、被告の抗弁に対する答弁として、抗弁事実第一項は否認、第二項はみとめる。原告は右藤原をして本件売さばき業務の手伝いをさせたものであつて、右の業務を遂行していたのはあくまでも原告なのであるから委託解除の事由にあたらない。
第二、再抗弁として、仮に原告が売さばき業務を右藤原に更に委託したとしても、原告は右委託につき訴外白銀郵便局長を通じて被告の承認を求め、同郵便局長から、承認された旨の通知に接した。
従つて右藤原に対する委託は被告の許可を得た適法のものであつて委託を解除されるいわれはない。
と述べ、
被告指定代理人は原告の再抗弁に対する答弁として、
原告が右藤原に対する委託につき被告の承認を求めた事実および被告が承認した事実はいずれも否認する。原告が右藤原に売さばき業務を手伝わせることについて右白銀郵便局長の承認を求め、同郵便局長がこれを承認した事実はあるが、同郵便局長はかかる意思表示をする権限を有しない。
と述べた。
(証拠省略)
理由
一、本案前の抗弁に対する判断
原告は、被告が原告に対してなした売さばきに関する業務の委託を解除する旨の行為が、行政処分であることを前提として本訴に及んだものと解せられるところ、被告は、これが行政処分にあたらないので、その取消を求める本訴は不適法であると主張するので、まずこの点につき判断を加える。
(一) 売さばき業務委託の法律的性格
売さばき業務委託の解除行為の法律的性格を明らかにするための前提としてまず売さばき業務委託そのものの性格を検討することが必要である。さて、郵便の事業は、その公益的な性格に鑑み国の独占するところであつて、原則としてその業務を私人の手で行うことを許さないのであるが、例外として法律の定めるところに従い、契約によつて郵便業務の一部を行わせることができるものとしている(郵便法第五条第一項但書)。そして右の例外の一場合として郵便切手類売さばき所および印紙売さばき所に関する法律(以下単に法という)にもとづき売さばき業務を私人に委託することができる(法第二条第一項)ものとし、本件の売さばき業務もこれに根拠をおくものであつて、郵便法、法および郵便切手類売さばき所および印紙売さばき所規則(以下単に規則という)による規制をうけるものである。
そして、右各法令にいう郵便切手類および印紙の売さばきとは、郵便切手類および印紙に対する一般の需要に応じてこれを販売することであつて、私法上の売買行為に他ならず、右は本来郵政大臣の行うべき業務であるところ、一般市民の便宜をはかり且つ国の負担を軽減するために、一定の者をして右売買の事務を代替処理させるのが、売さばき業務の委託であると解せられる。
そこで、右売さばき業務委託の手続についてみると、まず郵政大臣の事務を取扱うべき郵便局長(集配郵便局長)において、公告により売さばき人となろうとする者を募り、これに応じて申込をした者の中から一定の資格を有する者を売さばき人と定め、資格を有する者が二人以上あるときは抽せんで決することとなる(以上、法第二条第三項、第四項、規則第二条、第四条、第五条)。売さばき人は右各法令およびこれに基づく準則を遵守して郵便局から買受けた郵便切手類および印紙を販売する業務を行い、その業務に対して法第七条所定の手数料をうけるのである。そして集配郵便局長は、一定の事由があるときは売さばき業務の委託を解除することができ(法第一〇条)、売さばき人は集配郵便局長に対する事前の届出によつて売さばき業務を廃することができる(法第九条)こととなるのである。
以上のような売さばき行為の性格および売さばき業務の委託関係の実質に徴すれば、これを行政庁たる集配郵便局長の私人に対する公権力の行使の関係とし、委託行為を一方的、支配的な法律関係の設定(行政処分)とみることは妥当ではないというべきである。
尤も法および規則は、売さばきの価格は勿論のこと売さばきの場所、時間、売さばきの相手、手数料の額等について、売さばき人の業務の内容を厳格に規制し、売さばき人の自由に委ねられているのは売さばきの数量、休日の売さばき等に限られ(これらについてすら規制の余地を残している。法第五条の三、規則第一二条、第七条第一項但書)、売さばき人の選定にあたつては、その資格の有無については集配郵便局長の一方的な判定に委ねられているほか、委託の解除も広汎になし得るなど売さばき人に対して集配郵便局長が著しく優越的な地位を認められている、しかし、かかる規制の措置は、売さばき業務の高度の公共性を考慮し、公益をはかる目的からなされたものというべくみぎの規制のゆえに本件委託を行政処分であると解するのは妥当でない。
また、集配郵便局長は売さばき業務の委託関係における多くの権限をその手に掌握し委託の開始、終了、委託中の諸事務等をその意思に基づき且つその名において行うことができる(規則第二条、第二条の二第二項、第七条、第八条等)ので、この点を把えて集配郵便局長が行政庁として売さばき人あるいは売さばき人になろうとする者に対して自己に属せしめられた権限を行使するものであるとする立論も考えられないわけではないが、しかし、集配郵便局長の有する右のような地位は、国が私法上の権利主体として売さばき業務の委託関係においてなし得る各種の行為について、規則第二条その他によりその機関としての集配郵便局長にその区域内における売さばき業務に限つて包括的にこれを行わせることにしたことに基づくと解することができ、結局集配郵便局長は私法上の権利主体の機関として行動していると解することができるのであるから、この点をもつて売さばき業務の委託を行政処分と解する理由とするのは、その根拠に乏しいといわなければならない。
そして前示売さばき業務の委託関係における諸事実、殊に、売さばき人になろうとする者の申込とこれに対する承諾(選定)によつて右委託が成立し、売さばき人の三〇日前の予告をもつて何時でもこれを終了させ得ること、前示各法令あるいは準則違反に対しても委託解除などのほか別段公法上の制裁はなく、一般に公権力的支配関係の契機の存しないことを考えると、売さばき業務の委託は、集配郵便局長によつて包括的に代表される国と売さばき人とが互いに、当事者として自由な意思にもとづいて合意することによつて成立する契約であり、その公共的性格の故に特殊の規制をうけている公法上の契約であるとみるのが相当である。即ち、売さばき業務の委託はその公共的な側面を別とすれば集配郵便局長と売さばき人とによつて締結される国と売さばき人との間の物品委託販売契約であり、売さばき人が国のためにその名において郵便切手類および印紙の売さばきをした事務に対して報酬を支払うことを約する公法上の有償委任契約と解すべきである。
右売さばき業務の委託を契約と観念すべきことは、前示各法令の規定の文言からも看取し得るところであつて、すなわち郵便法第五条第一項但書に「契約により」行わせ得る業務として右売さばき業務があるものであるほか、「売さばきに関する業務を委託する」(法第二条第一項)という表現自体、更に売さばき人となろうとする者の「申込」(法第二条第三項、規則第四条、第五条)、「売さばきに関する契約の解除」(法第一〇条)などの表現は、規則の施行により廃止された郵便切手類及収入印紙売捌規則が「許可」あるいは「許可取消」の文言を用いていたのと明らかに異るものといわなければならない。
(二) 売さばき業務委託の解除
基本たる売さばき業務の委託関係を契約であると見るべきことが以上のとおりである以上、右委託の解除行為のみを切り離して別異に取り扱い、これを行政処分と解すべき根拠はない、委託の解除行為はこれを委託契約解除の意思表示として、概念上一般の私法上の契約解除と同一に取り扱うのが妥当であつて原告代理人の見解は、これを容れがたい。
(三) 本案前の抗弁の当否
被告は、売さばき業務委託の解除が行政処分でない以上、原告の本訴請求は不適法である旨主張する。
しかし、原告訴訟代理人は右解除行為の法律的評価を誤つたためこれを行政処分と呼称し、それがため請求の趣旨を、その取消を求める旨表示しているにすぎず、その意図するところは右解除行為の無効を前提とする権利関係の確定にあると解せられ、原告の本訴請求をそのように解釈することは申立のない事項について判決することにはならないと考えられる。従つて、本訴を公法上の当事者訴訟として審理判決するについては、売さばき業務委託の解除を行政処分と観念したこと自体は、被告主張のように、支障を生ずるものとは考えられない。
以上のとおりで、被告のみぎの主張は採用しがたい。
二、被告の当事者能力について
被告である小倉郵便局長は国の一行政機関であるから、同局長がした行政処分に関する訴訟においては、行政庁として被告あるいは参加人となることができるけれども、その他の場合には原則として当事者能力を有しないものであることは当然であるところ、本件売さばき業務の委託が公法上の契約であつて、被告が行政庁としてなした行政処分でないことはさきに示したとおりであるから、本件訴訟においても、国の機関である被告が特別の事情のない限り当事者能力を有しないことは明らかであるといわなければならない。
そこで売さばき業務の委託契約に関する訴訟において、被告に特に当事者能力を付与すべき根拠があるかどうかについて考えるに、規則第二条は、郵政大臣の事務中同条に掲げる事務は集配郵便局長において行う旨規定するが、それは集配郵便局長が国の機関として当該区域内の売さばき業務について、包括的に国のためにその事務を行う職責を負わされているとの趣旨にすぎず、右委託契約に関して国と別個に私法上の権利義務の主体としての資格を付与したもの、ないし右契約に関連して生ずる訴訟に関する訴訟行為を国が集配郵便局長に信託した趣旨をも包含するものとは到底解しがたい。
以上のほか、被告を本件契約に関する訴訟の当事者とすべき事情は認められない。
従つて当事者能力を有しない者を被告として提起した本件訴は訴訟要件を欠き不適法であるから、これを却下すべきである。
なお、本件のように、行政機関を被告とする訴としては不適法であるが被告を国とするときは適法となるような場合には、原告は行政事件訴訟法第二一条の類推により被告の変更をすることが許されるものというべく、裁判所もまたこの点を釈明すべきであるといい得るかもしれないが、本件においては、本案に関する審理も既に終了しているところ被告を変更してもいずれにしても本案請求が理由があるとは認め難いので敢て当裁判所はこれを避けたのである。
よつて本訴は、不適法としてこれを却下し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 天野清治 大和勇美 宮本康昭)